2008-06-03 精進について

  信徒様から尊天信仰についてもっと詳しく聞きたいとせがまれながら言葉を書き込むことを
少しあけてしまった。楽しみにしていた信徒様には待たせてしまいまことに申し訳ないことをした。
今日はさっそく尊天信仰の功徳のもらい方について精進を書いてみたいと思う。
  昔から特定の神仏を主祭する者はその神仏の好きなものを食するのが習わしである。
これは仏の力を体にそのまま受け入れるという考えからの行為で、その神仏の嫌いなものを避け、
好きなものを食することで神仏が抵抗なく体の中に入り込みやすくするということなのである。
主祭する者はこれに儀式と真言、そして特別な観想(これは想像を絶する難解な方法をとり素人が、
またたとえ名前ばかりの玄人でも複雑でできるものではない)を加え感応道交といって仏の力に感応し
交わり、やがては同体となって信徒の願いを信徒になり変った境地になり外の世界、
現実の世界に放射するのである。
予断ではあるが一般寺院などで薄利多売のように信徒の心願を台帳か何かにまとめいくら拝んでも
絶対に効果がないのは、このような感応道交の階梯があくまでも依頼者の境地に陥り、上記の複雑な
感想のもとなされなければ意味がないのであるから、非常に玄人からすればわかりやすい未熟で
形式的なものになるのである。
尊天信仰でも主祭と信徒そして尊天の繋がりが大事であって、いくら仏像が弘法様が入れたものでも
なんの効果はないと断言されている。
非現実的な超能力的な世界のものなのであるから意志の疎通こそ大切なのである。ですから
私の知っている限りの主祭は私のところとお布施は同じぐらいが常識であって、
それも一回のご祈祷に対してである。自分ごとであるが最後まで御面倒をみるという形を私はとっているが
辛いのはたしかであるが、まだ自分の仏閣ももっていないのだから尊天並びに諸尊の為にも
頑張りたいと思う。
さて話は元に戻るがこれを信徒様にも昔は奨励していた。
ただし信徒様方は毎日というわけにはいかない、なぜなら一般の神仏三昧とはいかない生活があるからだ、
信徒様にしてみたらその生活がぶれてまでの信仰は辛いことであるからだ。
私としては絶対しなさいとは言わないので御縁日の日は実践してみたらどうだろうと考える。
御縁日は尊天様が非常に歓喜なさるひなのであるから力もおみなぎりなられる。
そのありがたい日に精進し尊天の力を体に受け入れ功徳を頂いてはいかがだろうか。
ただ心配するのは精進すれば功徳がいただけると思い、毎日繰り返し体を壊されたり 
尊天に一生食べませんから断ち物のお約束をしてしまい破ってかえって怒りを被る方がでてくることである。
普通に生活をすれば現代はなんの食べ物になにが入っているかわからないし毎日続けるということは
そうたやすいものではない。尊天は功徳極まりないかわりに約を違えることにはとても厳しい、
うっかりなんていうものも絶対にお許しにはならない。ですから断ち物などは絶対にしないようにお諭ししたい。
以上だが
尊天の好物は 桃 大根 和菓子 胡麻油 リンゴ 柿 栗 酒
  嫌いなものは 四足(鳥肉と魚以外四本脚の動物の肉)
      五辛(にら にんにく らっきょ ネギ類一切 ひる)
  しかし御縁日の日はあくまで精進といっても潔斎の意味もあるので出来る方がおれば魚肉、酒は
控えた方がさらによい。
  参考にしてみていかがだろうか  合掌

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