2008-11-15 秘めてのべずば

  尊天の言葉の中に
秘めて演べずば(のべずば)この尊の尊き教えにもとるなりという言葉がある。
のべるとは言う、もとるとは背く、反するという意味で、直訳すると
その教えを内緒にしていては尊天の教えに背くことになるということになる。
  尊天の御誓願は例え人殺しであっても自分に帰依するものであればどんな願いでも叶える。
というものであるがこの言葉は一人でも多くの人間を救いたい。
という尊天の願いを言っているのである。
  御自分のところに縁付くかたが多くなられればそれだけおおくの救済ができる
そう尊天はおっしゃっておられる。ゆえに尊天を奉ずる者はこの尊天の教えに背くことがないよう
己の信仰の尊さ、奇跡の素晴らしさを秘めているのではなく
他に伝え一人でも多くの人間を偉大な尊天と縁付け救うという行為を尊天の御誓願、
願を助けるという行為によって善業をなし、そして、尊天に功徳を頂くように。
そうこの言葉は言っているのである。
これを折伏という。
尊天信仰の功徳をもっともいただく行為の一つだが
私はなにか新興宗教のようで言うのをいままではばかっていたし、古い信者にしか教えてはいない。
ではなぜ今日この言葉を教えたかというと前回の言葉に書いた内容に通ずるからである。
  不安だ、心配もわかるし泣き叫びたいのもわかる
しかしそれをたとえば河口にまた友人に、先輩、後輩にゆめゆめつばすることなかれという尊天の言葉は
言いかえれば今日のこの秘めてのことば同意の面を見せていて、
そんな行い、言動による態度は尊天を愚弄するばかりか
一人でも多くの者を救いたいという尊天の願いを妨げることにならないだろうか。
なぜなら。言いかえれば尊天にお頼みしているのは非常に不安だと述べてばかりいたら
河口をはじめ友人やまわりはどう感じるだろう、そんな言葉を聞いたものらは自ら近寄りもしないだろう。
  であるから尊天を皆様が愛するならどうぞ尊天の願いを叶えてやろうという愛情を
尊天に注いで欲しいと思うのである。
尊天に常に注がれている愛情のこの如くである。
尊天は必ずどんな願いも、またどんな神仏より強力な最上の秘法をお持ちの偉大なお方なのであり、
それは呪術という世界の歴史が証明して離さない唯一無二の存在なのであるし、
私の成就させた数を見ても一目瞭然であり、
しかもそのほとんどがまず不可能なケースであるにもかかわらずである。
そのような方に縁付き導かれ愛されている事を誇りに思い、そして仏性、善業を見開き、行うことを
その教え愛から学ぶ事を約束したものならば当たり前であると私は皆様に少しは思って欲しいのである。
以上は実際の尊天のお言葉、信仰だが特殊すぎている。
言い方を変えれば体のいい勧誘と捉えられて当たり前だからだ。
だから皆様は尊天とともにある私とは違うのだからそこまで重くとらえないでいい、
だがせめて御自分の言動や心の中の言葉、思いには気をつけていただきたい。
尊天への願いを成就させるためには古来からの決まりを少なくとも破ることなく
じゅんじることが絶対条件だからである。
その為に尊天に優しい言葉を例え心の中でも投げかけるというささやかな尊天への
愛の行為をしていただきたいのである。
前回と今回のこの二つの言葉をどうかそうとらえていただきたいのである。
合掌

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