大祭結願のご報告とお詫び


まず何より信徒の皆様にお詫び申し上げる。

皆の教会名と私の教主名が突然ではあるが激変することになった。

これはかねてから私がお世話になる、ある高名なお方の

ご指示であって、これにおいて私は一つの、聖天様の

更なる発展の為の大神霊たる、御本尊 大聖歓喜自在大天観世音菩薩の

導きと霊感しておるので、皆にも私と同じよう。

まさに聖天様の通じ名を冠したこの名前を赦された慶事を

霊現、霊導と受け止め、

より一層の信心と冥合を実現し各々の成就確条の道を実現足らしめて欲しい。

 

また、前の言葉も書き直したが大祭が終わりまだ仕事がいささか残っていることもあり、教団名と私の名前を書き直せていない部分もあるとおもうのだがどうか赦して頂きたい。

 

新しい名は誠に栄誉な名を頂いた。

私自身聖天の功徳を唯一言葉、形で伝える力を持つと周囲から評価されているものの

私としては心にそのような自己慢心はないつもりなのだが、

まさにこの名はそれは慢心ではないのだぞと云われているような気がして

少し照れくさくもある、しかし、やはりこれほど身の引き締まる名も無いと本当に有難く思っている。

 

変じて名は

 兆象大宰(ときかたたいさい)

ちょうぞうでもいいらしい。

天象の兆し(有難い事である)をどこまでも広く世に宰配するという名前だそうである。

調度千宰の名に通じて、千、万を総べる大であり、頂上を示すとしたということだ。

 

八海光道から随分な変わりようだが、私が今あるのは全てその御方のお影といってよく私は従いたいと思う。

 

皆には混乱し、また千宰にも色々な信徒への説明に迷惑をかけるだろうが

千宰も供にお世話になっているかただからその辺は心よく同心済みであるが

先ずこのご迷惑、私に免じ、またこの名前が落ち着くまで私と供に

乗り切って欲しい。

八海光道という名があまりにも有名であるため寂しいが

聖天様の大神霊力が詰まったこの名と供に新たな成就の山と奇跡

そして尊天の霊言葉を降ろし皆を導きながら、大宰という名の通り

大きく飛躍し、奇跡を宰配したいと願う。

 

次に大祭が無事結願した。

今回も結構な数の成就、または進展者が続出しており千宰も大変だった

と思う。

前の言葉にも書いたが今回の大祭は二週間という断食に伴った壮絶なもの

で正直とても痩せてしまった。

それだけに何かいつもの大祭より尊天様の霊力がいただけたような気がしている。

御神籤の応えもキレがあった。

私は毎日尊天を御本体から油の尊天に魂を降ろす時に、

陀羅尼をとらえながら我が心で二つの神が光輝き全ての願い、全ての不浄を吸収し

清浄な光と供に放射していく過程でまさに皆の願い体中に聞き貯め、清浄な成就の光りをその者達に放射する歓喜天なのだと感じると同時に

即ち我歓喜天なのだから、内外に隔てなし、我の中に歓喜天、我歓喜天、

そして我歓喜天の中に入り候。

という感得に行きついたときに

おん きり ぎゃく うん そわか 

を唱える。

浴油は三度、四度も願文を読む、その間色々な階梯を踏んで真言を唱えるのでこの階梯はその一つなのだが、

この時の清浄に放射する感想の作業が感想ではなく

断食の為、真実私の体で出来上がっていたものでありそのような現実の清浄の体から

ほとばしる、感想による尊天の霊力の出現はなみなみならない

ものだったと感じた大祭であった。

事実今回の大祭が終わってもすぐ信徒様のご家族の病状が急変した

という事で祈祷を凝らしたのだが験がすぐに現れ

もう落ち着いたと連絡があったほどである。

今も断食によりお喜びされた聖天様の輝きの余韻が通じているのではないかと私は感じている。

それくらい壮絶であった。

しかし、私は聖天教教主である。

熱心な信徒の為に

このような時に救ってあげなくて何が教主であろうか?

今回の大祭とこの断食はそういった

私の尊天様にかける純真な心と教主としての教団信徒にかける

何よりもましての責任と慈愛の実現と挑戦であった。

不思議な事にあれだけ痩せたのに

二週間、倒れないばかりか、元気に歩いて歩いて元気そのものであったので

それも不思議というほかなかった。

尊天様は、今回断食の原因になった子を赦すどころか

私が肩代わりしたのだから約束は果たしたのだ。

必ずや御利益に預かり、幸せ、成就を手にいれるであろう。

 

頑張りなさい。

 

また、今回成就した者は

きちんと尊天様にお礼をし、より一層の信心をしないと

本当に大きな罰が当たるんですよ。

悩みは尽きません。

成就は新たな願いの始まりでもあります。

成就した今こそ襟を正し、昇華の思想、お性根の思想の

実践をしてみてはどうでしょうか?

こん度は、お性根の思想にいかな水を、要するに心に

昇華足らしめん為の尊天様の御心に即して有難い

般若のお水のかけ方を説きたいとおもっているから

篤信な方は楽しみにしていて欲しい。

 

しかし今回の大祭はまるで夏の大祭ではないかと思う程の盛況さであった。

それほど信徒も増えているのであろう。

千宰も大変な大祭だったと思う。

皆、千宰に手紙を寄こす時は一言ねぎらってあげて欲しい。

 

今回の大祭、断食を通し、熱心な信徒はお勤めで感得したはずである。

尊天様とこの兆象大宰は常に汚れなき信徒を護り、その霊体は供にあるのだと。

 

                        合掌 兆象大宰