尊天との対話を最も大事にしなさい。

 まずは二月、三月に行われる世間一般の恋愛行事に対しての

祈祷が先日結願を迎えた。

今回というかこれは毎年のものになる事にはなるが、東北大震災の祈祷も

相まってのことだったゆえ、大変体力的に厳しいものであったが、

尊天様のご助力とまずもって篤信な信徒様方の心の応援に支えられ

終えられたと、ここに皆に結願のご報告と供に謝意を心底から述べさせていただきたい。

 

千宰の方には結願を待たずして沢山の喜びの報告と

十五件を超える成就報告が届いているそうだ。

また、中にはまだまだ私と尊天、そして信徒一丸となって必ずや成就を迎える

道のりに襟をだださなければいかんと感じさせられる報告もあるが

安心して欲しい我が大聖歓喜天使教会のご本尊のお力は

この八海光道のような、どのような歴史ある山寺、国宝の堂宇に飾られた仏に

ある時は願を掛け、対峙し修養した経験のあるものでも

驚愕という表現でもまだなまぬるい奇跡をお起こしになれれる。

要するに世の奇跡とは我が尊天唯一に集約せりといった感想しか

持てぬ偉大なお力の発動をお持ちのご本尊であられるので

この八海、要するに皆様によく私の意を聞いて指導する千宰の

指導を金科玉条のごとくに聞き、約束と守り、

そして、これからが今日の題材の教義になるのだが、

よくお勤めをするという事、

これがなされれば必ず成就するであろう。

今教会も大変大きくなったが、初めはわずかな信徒様と

細々とした歩みであった。

その頃を回帰すれば、占い師や、えせ行者等と同等と

思い、尊天に依頼する信徒がおった。

今も千宰の日々の報告だとそのような姿勢のお方もおられるようだが、

そのような人程わかっておられるのではないであろうか?

我が教会ほど、はっきりとした、

成就、不可思議としか言えない奇跡、恋愛だきには

留まらない、まるで見えない神仏の鎧をまとっているようなお守りと、日々のお導き。

一体この日本で、このような奇跡の体験を他から

あまるよに見聞きし、自己に獲得を喜びとできるところがあるだろうか?

あったろうか?

無いはずである。

存在などしていない。

 

しかしこの教会には奇跡中の奇跡、神仏の偉大なお力の秘密中の秘密が

ここにはあるのである。

 

上記の占い師などと同等に頼る気持ちで着た者達も今では

尊天の信仰の道に功徳を見つけ、その功徳に真実の

道を見つけ、皆成就していったと思う。

 

成就した者、お守りにあるものは次のより深くも高き信仰の道、在り方

に気付かれればいいのだが、

 

きょうは題の如くな教えをせねばと思ったのが、

二月三月の世間通例行事に対する祈祷に触れ、信徒の報告を千宰から

把握するとともに、

沢山の喜びの陰になっているような形になっている信徒に気をめぐらしたからである。

 

その方達、また更なる功徳を頂きたい方に

必ずくる成就をより確実にするための法として、今回私が感じたのは

上記のお勤めであった。

喜びの陰に埋もれてしまっておる方々に共通していた事、

やはり、尊天への姿勢が、

占い師や呪い者のような、ありもせず惑わす輩と

もしかして、この教会と崇高な法を混同しているのではという

すこし、腹立たしい者が多かった。

その者にも私は改心し、成就して欲しいのだ、いえ

本人が嫌でも成就させるのだ。

それにはどうすればいいか?

まずはお勤めである。

お勤めとは尊天と信徒が直接唯一ふれあい、心で会話できる儀式である。

上記の信徒に共通する事は

恋愛で心が追い詰められ、なぎ倒され

いてもたってもいられない。

そんな時に上記の信徒はなにか、その思いに苛まれる事に

蹂躙されるままをよしとし、

この八海に思いを千宰を通じ伝えたら、

私が昔から口酸っぱく言う、騙されたと思って我が教会の指導に没頭してみる。

要するに尊天様を深く、深く愛し、仕える。

その行為としては何があるか、日々尊天様を心に降ろし居ていただくには

何が必要かと考えれば万法もある信仰の在り方を想い、実践する

誰でも実は真剣ならできる。

また、傷心で死ぬ程心が泣いておられるなら

尚の事、どうせ死ぬほどのこの心の叫び、痛み、

打ち返す為に教会に頼ったのだから、この叫び痛みを超えるほどに

よく指導を聞き、よく信仰し闘って、

そして必ず 勝つ 勝利してやるんだ。

成就してやるんだという

そういった姿勢である。

この姿勢が全く見られないのだ。

当然尊天が降りてこない。

そんな方々の為にはどうすればいいか?

そこでお勤めである。

要するに、尊天との直接の対話である。

私は祈祷する。

信徒の皆様の為に祈る。そして私の存在は

ある裏付けされた血の契りによって必ずや尊天が私の祈祷にご降臨なされる。

その祈祷のお守りのエネルギーの浮遊蔓延する

信徒の皆の周りから、信徒は信仰の扉をちからの限り

押し開き、私と尊天の力を吸いこまねければいけないのだ。

千宰に言ったからだいじょうぶだとか、

先生と話せないから不安で駄目でうまくいかないとか

喝も、喝、大ばか者である。

占い師や呪い者のように、安くサービス、お話しを聞き、カウンセリング

バカ者がである。

我は成就させる者であり、尊天の力は気休めではない。

なんの力もないかわりに今の今だけ口八丁手八丁で今だけをなあなあに

通り抜けることを良しとする

人を結果不幸にするところとは違う。

 

奇跡は此処に在り。唯一の神の秘法に、護られた神仏護法の神の城なのである。

 

話はそれたが、それだけに

上記の軟弱にバカにしたような姿勢ではなく。

我が祈祷とともに、よく朝晩、お勤めにて

ご自分の願を心で尊天に語り、頼みなさい。

そして功徳の尊天の、そいして八海の心の門扉を開いてみるのです。

 

尊天は、私は必ず応えるであろう。

そしてその者達の姿勢から、状況まで必ず一変するであろう。

 

上記の蹂躙されるまま、やる気のない姿勢は

尊天に対する、拒絶であり、反旗であり、怒りの対象であるのだから。

姿勢を正し、頑張って欲しいのである。

 

あと成就した者は調子に乗ったら私は容赦しない。

慈愛の叱咤と思いなさい。

より愛を深く持ちなさいということです。

しかし、大変多かったことであるし、それは何よりであります。

                                    合掌

 

次の祈祷は春の大祈祷になるが、これは私の予感だが

大変成就者が増えるような尊天のご様子が伺える。

皆成就に向け、いい大祭にしようではないか。

最後に最秘法にはいっているHさん。

よく外国の方がオフィスまでつくってくれるという奇跡に見舞われるという

功徳をいただきましたね。

あなたの昔年の人生の夢だったはずです。

この奇跡、素晴らしい。

あなたは昔は短気で大変だったし、よく私にも怒鳴られた。

しかし、千宰も褒めているが、あなたは本当に

一生懸命信仰し別人に御成りになった。

先生の誇りですよ。

祈祷が忙しく会話できていないが細部まで

最秘法に入ったあなたの事なら毎日知らない事は誰よりありません。

これから、貴女は更なる不思議と奇跡の中で

輝かしい人生を万進されることでありましょう。

連日の忙しさに、言葉にて貴女に語りかけた事お許し下さい。

供に光の道を歩みましょう。