愛染毘奈耶迦明王大祭のご案内

『愛染毘奈耶迦明王大祭』

いわゆる聖天教令和弐年秋の大祭の

ご案内をお知らせ致します。

 

 

❖愛染毘奈耶迦明王大祭❖ 

    (令和弐年秋の大祭)     

 

【期間】

開白 旧暦八月一日深更より

(新暦九月十七日)

入願 旧暦八月五日深更より

(新暦九月二十一日)

入月 旧暦八月九日深更より

(新暦九月二十五日)

円満 旧暦八月十三日深更より

(新暦九月二十九日)

結願 旧暦八月十七日深更より

(新暦十月三日)

 

【申し込み期間】

新暦八月二十日~九月二十五日

入月吉日迄とする。

 

【品目】

・上品…五十五万円

・中品…十六万円

・下品…十一万円

 

【徳典】

・秘法希望者並びに仏像開眼希望者は大祭期間に限り

下品でご依頼された場合であっても

上品での入法をお受けしております。

※但し厳選有り。

・今年より愛染毘奈耶迦明王像の開眼を

します運びになりましたが、此の御像のお姿は

単身の毘奈耶迦王そのものです。その為ご自宅にお祀りに

なる方は歓喜童子仏像以上の覚悟が必要になります事を

ご理解下さい。

※開眼後何か異変がありましたら本部にお返し願えれば

神魂をお抜きするか、そのまま本部にてお祀り供養致します。

※愛染毘奈耶迦明王様をご自宅にお招きする場合

なるべくならお隣に十一面様をお祀りされると男女二天の

歓喜功徳が生れ、明王の障礙は避けられるでしょう。

・大祭期間中は神仏の特赦の力が嫌が応にも増されます。

お約束破りにお悩みの方、日頃の知らぬ間にも

作ってしまった罪を払いたい方は

一日でも早い心願成就の為、この期間に納め切りの法を

ご依頼し、清浄なる魂と功徳を手に入れて下さい。

・大祭期間中好まれます納め切りの法は

愛染毘奈耶迦明王を供養する大祭に於いて

障害や罪、輪廻までもを悉く燃やし尽くす

その愛念の劫火にお縋りする事こそ

最上の罪障滅却となります。

 

 

【お願い】

愛染毘奈耶迦明王は、そのお姿の通り

単身の毘奈耶迦王が

怒髪天を抜く愛染明王の様相を示す

数多ある神仏の中でも

大変恐ろしいお姿のお神様です。

これはこのお神様が

全ての神々の主尊にして八百万大小聖天の帝

愛染大聖天様に喰らわれたばかりに

その(男天様)胎内に納められて

いるからに他ありません。

その愛縁のお力は、大聖歓喜天の

最高即悉奇跡の大神力に、如何無く影響を及ぼし

願う者の愛念の障礙を存分に焼き滅ぼすばかりか

大聖歓喜天の神力と相俟って

他の愛染明王とは塵と天球の如くの違いをもって

人々を成就に導きます。

まさに

この神は御本尊愛染大聖歓喜天の名の由来たる

お神様なのです。

それ故に、

大祭に御参加なさる方はしっかりとした心願の意志と

信仰を堅持し、その心に清浄篤信をもって

行われる期間を過ごさなければ絶対にいけません。

そういった理由から

既に愛染十一面観音様と

歓喜童子様をご自宅に迎えられている信徒様は

大祭中、良くその御仏像にお頼り下さい。

そうすれば愛染毘奈耶迦明王様の劫火のような功徳を

良く身に納められるばかりか、

日々にも増した更なる歓喜と功徳を

御仏像から得られるはずです。

何故なら、愛染毘奈耶迦明王様は男天様の胎内仏ですから

女天の胎内仏であられる十一面様は、

まるで男女ご夫婦のように

美しい愛念を起こし歓喜をお抱きになるからです。

また男女天の化身であられる愛染歓喜童子様に至っても

それは同じで、

双身の毘奈耶迦像をその冠に讃えているように

男天の化身である愛染毘奈耶迦明王様の供養は

限りない歓喜童子様の功徳と歓喜の高揚を誘う事は

云うまでもありません。

それは現在本部にて開眼をご依頼造像中の方も勿論の

事で、大祭中開眼造像中の御像を

本部で供養する事はこの上も無い功徳です。

ですので

どうか愛染十一面様、愛染歓喜童子様の

御仏像の所有者である信徒様はこの大祭中

御自身の心願成就の為にも

また御自身所有の仏像の更なる功徳を引き出す為にも

どうか良くこの大祭の期間

それぞれの御像を良く供養されます事を

お願い申し上げます。

また、日頃お約束破り等をしてしまいお悩みの方や

日頃自分では気づかぬ処で作ってしまった罪を

赦されたい方は

愛染毘奈耶迦明王を供養しますこの大祭にて

納め切りの法を依頼なさる事が最上の罪障滅却

となります。

何故なら、愛染毘奈耶迦明王様の全ての罪障と

障礙を燃やし尽くす凄まじいまでの愛念の炎より

他に優れた浄化の力は無いからです。

教主様は愛染明王法の大家でも御座います。

御自分の罪や厄を払い、清浄と安心を手に入れられ

心願成就に心から向いたい方は

どうぞこの大祭中にその愛の炎に存分に頼られ

それぞれの大いなる心願成就に

向われてみて下さい。

 

 

【趣旨】

 

愛染毘奈耶迦明王大祭。

聖天教秋の大祭は

今年、令和弐年から始まる

聖天教にとって初めての大祭です。

この大祭はその名のように

全ての曼荼羅の主尊にして

八百万大小聖天の帝様であられる

愛染大聖歓喜自在大天観世音菩薩様が

ご自分の曼荼羅が未だ定まらぬ

御一人のお姿の折り

いとも簡単に体内に喰らうてしまった

愛の神マカラギャが

男天様の胎内で同化変身された

お神様です。

この神は愛の神です。

最初より三千大世界に並ぶ者の無い大神であった

男天様は

この神を御自分の愛の意識に同化された

事から

その愛心により

美しき愛染歓喜天女天を求められたと言って良く

女天様の中に息づく愛染十一面様と

男天様の中に息づいた愛染毘奈耶迦明王様が

互いに心惹かれ合い、

愛を燃やし合い、

求め求め合って

やがてその愛心どうしが偉大なる結合を迎え

双身愛染大聖歓喜自在大天観世音菩薩様という

偉大な愛の大神が完成したのでした。

故に

愛染十一面様のお心には

その深き慈愛のお心の核心に

愛染毘奈耶迦明王様の愛の炎が

連なり燃え盛っているのです。

勿論その愛の炎の連焼は

愛染聖天様(男女天)の化身である

歓喜童子様もそれは同じ事で

その男女双身歓喜天の偉容を称える

冠がそれを如何無く称えており

このように

この愛染毘奈耶迦明王様が男天様の胎内で

働かれるその影響により

聖天教の全ての神々には

他の曼荼羅の神々には無い

素晴らしい愛の心が燃え盛っているのです。

ですから

この聖天教の愛心の根源である

愛染毘奈耶迦明王様を供養する大祭とは

恋愛成就の神と有名世に馳せる

愛染聖天様を奉ずる聖天教の

大祭の中で、最も愛の深き大祭。

愛の祭典といっていいのです。

聖天教の信徒様は

それぞれ、種々の心願を持って入信されて

おります。

その心願は、まさに多様です。

しかし、もし信徒様の中で

「私の心願は恋愛の心願です」という信徒様が

居ましたら

愛染毘奈耶迦明王に頼るべきです。

しかし、注意があります。

このお神様のお姿は単身毘奈耶迦様が

怒髪天を抜き座像される

毘奈耶迦の姿の愛染明王様です。

ですので普通の愛染明王様のように非力で

その為に障礙が無いというふうな安心で

気休めのお神様では無いのです。

このお神様を供養すれば

必ず男天が歓喜して動かされます。

そして

今年夏に男女天の祭りをし

秋にこの愛染毘奈耶迦明王供養大祭

をもって来た事からも

考えて頂ければ解ります。

これは

まず男女天を満足させ

次に男天を満足させ

冬に十一面様で女天、春の歓喜童子様で

開花を望むという

聖天教の大祭による教義実現を目指した

ものですが

このことからもお解りのように

このお神様はあくまでも男天の愛心である

事から

功徳が鋭い面があるのです。

(この大祭は調伏も効果があります)

ですので

この大祭に挑まれる信徒様は

大祭当日までご自分の信仰を十分に整えられ

覚悟を持って臨まれて欲しいのです。

実は教主様は以前愛染明王法を

信徒に施しておられました。

私も当時何度も愛染明王法をお掛けして

もらいましたし、信徒様との対面祈祷で

教主様が愛染明王法を修された時に

お邪魔した事も何度かあります。

その時の出来事をお話するとします。

確かあの時は

何度信徒様に愛染明王法を掛けて下さいと

言われても教主様がお断りしろと

言っていた時の事です。

石川県に

それは美しい信徒様がいらっしゃいます。

この信徒様の当時のお悩みは

恋愛成就のお悩みでした。

誰が見ても美しいと思うその容姿には

私も教主様も

何故あの方が恋愛で悩むのか不思議だと

頭を傾げた程です。

でもその信徒様が求められた男性は

その方より軽く十歳以上は若い男性だったのです。

この初めの心願は上手く行かず

心願の彼が聖天教本部近くに引っ越して来た事に

不思議を感じただけでその縁は疎遠に

なってしまいました。

しかし、日々の信仰が進むにつれ、

まさに愛染聖天様のお導きです

その信徒様に新たに愛する男性との

出合いが生れたのです。

その男性と云えば、初めの心願の男性を

容姿も、経済力も、財産も、全てが抜きんでた

男性でした。

やはりその出会いは

どう考えても愛染聖天様が導かれた

出合いでした。

ただこの男性もはじめの心願の男性と同じで

確か、その信徒様より十五才若かったと思います。

それにもう一つ問題がありました。

美しい信徒様に良くある話ですが

美しい故に付き纏う、男性の嫉妬です。

その信徒様の場合は同じ職場の上司でした。

出入り業者の社員として知り合った彼を

その上司は、信徒様に恋愛感情をもっていたせいで

しつように彼をいじめ、そのせいで

一時は信徒様の心願も

完全な破綻を迎えようとしていたその時の事です。

信徒様は当時行っていた対面祈祷に

来られたのでした。

その当時の対面祈祷は浴油はせず

ただ教主様と念誦作法をするものでしたが

その場でその信徒様は

その上司の事で泣くばかりで

教主様が宥めても弱音ばかり吐きます。

その当時は教主様はまだ若く

その信徒様が弱音を吐いた事にへそを

曲げられたのか

教主様はいきなり激怒しはじめ

遂には退座してしまったのです。

なんとかしようと思った私は

その信徒様に何故そんなに恋愛成就が

難しくなる若い人が好きなのか?

しかもその男性は

お金も、財産も、容姿も、学歴も

飛び抜け過ぎていて、同い年位の女性にも

引く手数多ではありませんか?

と聞いてみたところ

「十歳以上離れていないと

他の男性でも愛せないんです」

と正直な気持ちを告白されたのでした。

この仕事をし、多くの信徒様に出会って来た

私は、このような女性の本音は

多々ある事だったので

私は「あーこの信徒様は男性が若く無いと

全てに於いて無理な方だ。

これは何とかしてあげないと」

そう確信し。

教主様に何とか出来ないかと頼み込んだ処

「ではこれが最後だが

私の愛染明王法を掛けてあげよう」

と言って

なんと教主様が

愛染明王法を修する事になったのです。

教主様は暗号のような文字を

墨で半紙にスラスラと書くと

その信徒様に二つ折りにして持たせ。

護摩木を燃やして

祈祷がはじまり、その祈祷も半ばになった時です

「私の手を毘奈耶迦王だと思いその半紙を

渡しなさい」

教主様は

そう信徒様に叫びました。

するとなんという事でしょう。

緊張したその信徒様は

「先生。毘奈耶迦王は怖い、怖い

私は愛染明王様に渡したい」

そう動揺され泣きだしたのです。

恐らく、おどろおどろしい呪法の最中で

よほど恐ろしくなってしまっていた処、

恐ろしい毘奈耶迦王の名前をだされたので

気が動転したのだと私は感じ

「これはいけない祈祷が中断してしまう」

そう思った私は

震えてうずくまってしまった

その信徒様の

手から急いで半紙を奪い取ると

私が代わりに

教主様の手にその半紙を渡したのでした。

無事祈祷は終わりました。

行法は成功したのですが

それにも関わらず

まだ引き付けを起こしたように

まるまっている信徒様に

私と教主様が

どうしたのか訳を聞くと

その信徒様が言うには

教主様の護摩の炎が

恐ろしい毘奈耶迦の姿に

なって燃え盛っていたそうで

それが一瞬では無く、終始続くものですから

さすがの信徒様も心底から震え上がってしまった

そうなのです。

最後に教主様はその信徒様に

「あなたにはあの毘奈耶迦王が見えたのだな」

「あれは愛染聖天の中にいる愛染明王様だよ。

特別な愛染明王だよ。

しかしこの法は外法であり、下法なのだ。

世間でいう程の価値も無い。

あまり君が悲しむので気休めで修したのだったが

あの毘奈耶迦王を炎の中に君が見たのなら

話は別だ。君は必ず成就するだろう」

「これよりこの下法を私は封印し

もし愛染毘奈耶迦明王を修する時は

最上の法。愛染浴油供秘法を持って修する事にしよう」

そう言われて教主様は

当時世の中にその法で有名になった

愛染明王法をその日から全く辞めてしまったのでした。

それから

二週間程してからの事です。

嫉妬に狂う上司は名古屋に移動され

友人関係さえも消えかけていた信徒様とその若い男性は

奇跡にもいきなり交際する事になり

そして三か月後、なんとその信徒様は

結婚してしまったのでした。

今では彼は勤めていた営業の会社を辞め

実家の会社を継ぎ、その信徒様との間には子供が二人も

います。

もう大きくなったと思います。

因みにその会社とは誰もが知る大会社です。

これが私が経験した教主様が下法だと言われた

聖天教教主兆象大宰の愛染明王法です。

そして

この愛染明王法を下法と簡単に表現する程

ご修行と御本尊様との感応により

高められた秘密供養法が

愛染毘奈耶迦明王秘密供養。

つまり愛染毘奈耶迦供養大祭で

修される法なのです。

まさに愛染毘奈耶迦供養大祭とは

愛染明王法の大家である

教主様が修される

最高の愛染明王法が修される大祭なのです。

八月一日

教主様は感応の予言を告知されました。

八月三日

その予言が早くも的中し

台風三号と四号が発生。

その奇跡の的中に驚いた私が

教主様にお電話すると

教主様はまだ

信徒へのお言葉を

お書きになっていました。

「まだまだ的中するから待ってなさい」

そう教主様が私に言われた通り

予言は、新型ブニヤウイルス。新型腺ペスト。

台風六号。

中国での大洪水と三峡ダム問題。

韓国では50日を超える水害に

台風が押し寄せ大変な事に。

そして今日

教主様の予言通り

台風七号をはじめ、後二つの台風が

海上に現れ始めているそうです。

異常なペースです。

欧州の熱波ほぼすべてを的確な

地域を指して的中。

アメリカ大統領暗殺未遂事件。

スパイ防止法。

ビットコインは高騰を見せています。

私達が帰依する教主様が

予言を口にすればそれは全て的中し

信徒の成就を口すれば心願は叶い。

敵を呪わば滅びます。

私は感じそして思います。

教主様とは

お神様と人生を歩まれている

稀有なるお方に違い無いと。

その教主様が修される

愛の呪法

愛染毘奈耶迦明王法を修する

この大祭に於いて

私達は共に率先して

男天様の愛心を燃やさせ

女天様に歓喜を促し

十一面様と歓喜童子様に更なる

輝きを促し、

我々の犯した全ての

罪障を供に悉く燃やし尽くす

そんな大祭にしていかなければなりません。

愛染毘奈耶迦明王大祭。

私はこの愛の大祭がとても楽しみで

仕方がありません。

 

 

 

聖天教兆象千宰

 

 

 

 

 

【抱負】

 

信徒の多くが経験する事だが

自身を抱き導く愛染聖天様とこの私の秘儀の功徳に気付かず

右往左往してしまう事が儘ある。

それは時に、修行に常に身を置く

私や千宰にでも良くありがちな事だ。

人は常に心の目で神仏。

つまり

私達が心魂を捧げる御本尊愛染聖天を

常に見ていなければ、

目の前にある事象にだけ捉われ

常に包み導いて下さる功徳の大雲に気付かぬ

ばかりか、然る故に

やがて定め来るであろう心願の成就さえも

逃しがちになるものだ。

それ程

自分の身の上にある

幸というものは

得てして察し難きものなのである。

 

厄災もこれと全く同じである。

 

常に己の心の清浄たるを心掛け

心の篤信の灯を絶やさず

そこより

佇みたるこの現世に発せられる

己が素行を

深く鑑むを怠らば

厄災は

足音も無く我が身を

包み込み

来るべき破却を創り出す

のである。

 

私達はよくよく

心の目を

愛染聖天様という大神様に

深い崇敬の念をもって

向けておかねば

己を取り巻く禍々しい不吉に

気付く事さえ出来ないのだ。

 

新旧の閏が重なったこの不吉な年。

その不吉の中核たる日月を

私が夏の大祭で打ち漏らした事は

皆もよく知る処であるが

 

だからといって

世の一切の不幸を降伏する事が出来ずとも

私は聖天教教主として

足音も無く飄々と忍びよる

信徒それぞれの身の上に降りかかる

不吉だけは、滅せねばなるまいと密に

思い詰めていたのは云うまでもない。

 

そのような思いから

私は夏の大祭後

如何にすれば我が聖天教信徒の

身の上だけは守れるか

その詳しい手管を

御本尊様に聞くべく

その実際の降臨よって指図を仰ごうと

考え、

実はを掛けていたのである。

 

密教の修行では

御仏の姿が実際に見えるまで

お堂を念誦歩く行があるが

 

あまりに根深く恐ろしい今年の不吉に

我が信徒を守る為

なんとしてでも

我が血縁の御本尊に

私は直に会って

その解決法を聞いてみたかったのだ。

 

私は夢枕でも

修行感応中でも

もう何度も愛染聖天様との

邂逅を経験している事から

内心、これには

自信があった。

 

そして私が願を掛けてより

二十八日目の二座目の浴油。

 

潅油も終わり

御法楽で

御本尊様はじめ十一面様、歓喜童子様

そして開眼中の信徒所有の御像に対し

深い安らぎと悟りを互換していた最中。

 

私が愛染浴油供秘法の感応の喜びに

耽っていた刹那な事である。

 

深い感応は

はるか彼方にいるであろう

捨て猫やカラス、行くは木々の皮べり

の虫に至まで

あやゆる生命の息吹を

我が心が傾けるままに自在に

そしてどこまでも深く聞き及ぶに

至った時、

 

ぬらぬらと胡麻油で濡らしたお体を

燈明の光の暗愚な光に映す御本尊様は

とても尊く神妙な表情に見え

私は御本尊様が私の願掛けに

今まさに答え給うとなさっていると

何故か、何故か、深く心から思えた。

 

その時である。

 

御本尊様の頭頂から

映写機の光の如き光が放射されたか

と思うと

中空に

神明造りの白木のご神殿が

無造作に現れたのだ。

私はそれを見て

伊勢神宮を連想せずには

おれなかった。

 

そのご神殿の中で

なにやらかすかな声が聞こえる。

 

私は

これは

私が求めていた愛染聖天様の

不吉を調伏するお指図の言葉に

違い無いとばかりに耳を傾けると

その声はただの獣のような叫び声だと

気付き、私は残念とばかりにそっと

ご神殿を映し出す空中に目をずらした。

 

なんとそこに立っていたのは

大きな口を開け此方を見つめる

男天様であった。

 

白木のご神殿は

愛染聖天様の口の中で

浮かび現れたいた事に

私はやっと気づいたのであった。

 

私はその大きな口に

異様な迫力を感じずにはおれず

流石に萎縮し、

そのせいで集中力が失せ

感応が解けそうになった。

 

すると

まるでそれを

男天様が食い止めて下さるように

私にその天像の鼻を蒔き付け

抱きかかえて下さったので

私は気を取り直し

先程目を離した

ご神殿に再度注目を向けてみる事が

出来た。

 

するとである。

そのご神殿の鍵が

俄かに外れ

その扉から

 

怒髪天を抜いた

真っ赤な形相で、象の冠を

被り天弓を持った

六臂三目の

毘奈耶迦神が出てこられたのだ。

 

愛染聖天様はその時

この私に

確かに言われたのだ。

「この神を供養しよ」とである。

 

私は

その愛染毘奈耶迦明王様を

秋の大祭で供養する事に

決めたのだった。

 

この秋の大祭の主神

愛染毘奈耶迦明王は

私にとっては

実はあまり珍しくも無い神様である。

 

何故なら

この神様はずっと以前より

信徒のお約束破りや断ち物破りなどを

清浄する法

納め切りの法の時に

使役していたお神様で

 

皆の恋愛の心願では

少々劇薬にもなるが

仕方あるまいという時に

重宝する

全ての障害を焼き尽くす愛炎と

得難き愛を天弓で打ち抜く愛縁を

持ったお神様なのだ。

 

この仏様は

男天様に喰らわれてしまった

愛染明王が

愛染聖天様の腹の中で

四部大将の中の

天弓をもった愛の軍神

毘奈耶迦

金剛衣天と結び付いている

 

なぜなら金剛衣天は

四部大将の中で

最も

重要な毘奈耶迦。

愛の神である。

 

 

この神様を

大祭で拝むという事は

極めて順当で

愛染聖天様の仰られた事は

極めて理に適っている。

 

何故なら

このお神様は

男天のいわば化身なので

このお神様を供養する事は

年間を通し

男天様を完璧な成らしめる事に

通じ

聖天教の年間を通しての

修法による教理の完成の一助に

欠かせないからだ。

 

その為に

夏の大祭と冬の大祭を一緒にした。

 

夏 男女天の供養。

秋 愛染毘奈耶迦明王

冬 十一面

春 歓喜童子

 

これでまさに理想的な教理完成の

順番が完成したのだ。

 

それだけでは無い

何より

愛染聖天様のこの度のお導きに

感嘆したのは

 

この愛染毘奈耶迦明王は

納め切りの法のお神様で

全てを赦し、障礙を滅却する

赦しの炎を持っているからだ

 

今年夏の大祭で修法半ばで

祈祷を中断した事で起こりうる

厄災を

大祭にてその罪を流がし

それだけでは無い

信徒それぞれに忍びよる

様々な悪因縁、罪障、

心願の障害を

悉く焼き尽くす事が

このお神様には出来るのだから。

 

そして秋である。

秋は一切衆生が愛を育み

子を設ける

不思議な季節である。

そのような生物学的サイクルは

月の動きと連動し

古来より人智を超えた愛の季節を

構築している事は確かだ。

 

その愛の季節に

愛の天弓。

西洋ではキュ―ピットの矢であるが

これを持つ愛縁の神でもある

愛染毘奈耶迦王を

秋に供養するのは誠に理に叶っているのだ。

 

私は信徒の愛縁の心願を祈願する時

このお神様と十一面を

愛し合わせるように供養する秘法を

行ずる時がある程だ。

 

以上を考えると

愛染聖天様は私の願掛けに応えるように

降臨され

私に信徒の心願成就に

いままで不備だった点は

愛染毘奈耶迦明王供養大祭だったのだと

指摘されたのだろうと迄思えてならなく

私はこの大祭で

皆の不幸と罪障、生涯を償却し

愛の矢にて射中の者の胸を見事貫く

大祭にしたいと決心している。

つまり

災いをこの私と伴に

成就に変えせしめるのだ。

 

その昔

私は愛染明王法に精通していた。

随分修行もした。

経験もした。

 

私は愛染明王法を用い

多数の人々を愛縁の成就に導いて来た。

 

しかし、愛染聖天様の中に

普通の愛染明王では足元にも及ばない

大変な力の愛染明王

即ち

毘奈耶迦の魂を持った

愛染毘奈耶迦明王が息づいている事を

感得し確信してくると

 

私には

それまでの愛染明王法が

おぞましく下等なものである

面が強い故に

その下等な法を

男天の化身である御方に

修する事がとてもではないが

出来なくなってしまったのだ。

 

それ程愛染明王法とは

どこか獣のような功徳の形があり

成就しても

すぐに功徳が剥がれ落ちるように

恋愛の願いなら破局を迎える

ケースが多かった。

その原因として

私は何度も

愛染明王法の護摩焚きの最中

その炎だけでなく

この私にも向かい

集まる来る

様々な亡者をその度に見ていたのだ。

 

男性に裏切られ手首を切った

女性。

小さい幼子を連れて

焼身自殺をした親子。

母親に殺された少年。

密教僧に犯され投身自殺した

女性。

謝金に苦しみ

一家心中した家族。

人間に猟銃で撃たれたれたり

人に恨みのある獣。

 

挙げれば切りが無い程の

亡霊が

修する度に纏わりつき。

 

時には依頼者の所に

その護摩の炎と伴に

掛かりゆくケースもあり

そういった時は

その人は成就しても

成就する以前より悪い破滅の仕方を

した。

 

今だから言える事である。

 

だから私は当時

この愛染明王法を凄い安い

値段で請け負っていたと思う。

 

請け負っていたという表現が妥当な程

当時はまだ宗教団体では無かったと

記憶している。

 

私はそのような亡霊が集まる法を

崇高なる明王

愛染毘奈耶迦明王様の存在を知った

からには

もうどんなにしても

修したくなくなったのだ。

 

夫れ程

愛染浴油供とは

素晴らしい法なのだ。

 

日々皆に掛けるこの特別な歓喜天法は

まさに

神詰まります

この世で最高の法なのである。

 

そこに奇跡がある。

悟りがある。

真実の愛が存在しているのだ。

 

だからと言って

愛染毘奈耶迦様の飛び抜けた力ばかり

にたより己の日々の信仰研鑽を

絶対に欠かしてはいけない。

 

昔こういう事があった。

 

友人同士の二人の女性が一緒に入信して来た。

 

二人とも

恋愛成就を心願にしていた。

 

彼女達はいち早く成就を望み

懸命に頑張ったのだが

確か彼女達が入信して

半年が過ぎようとしていた時の事である。

 

A子さんから千宰に電話があり

謝りたい事があるという。

 

千宰が聞く処によると

聞けば

A子さんは

半年の間一進一退の状況に不安を憶え

遂にお約束を破り

ある行者のもとを訪れ

恋愛成就の法を掛けて貰い

今はその修法期間であるというのである。

 

お約束を破ったのはいいが

愛染聖天様である。

障礙はきつい。

始めはなんともなかったが

日に日に運気に陰りが見え始め

心願の男性は

それまで友人として

仲が良かったのに

お裏切り以降

口も効かないようになり

ついに彼は

美しい違う課の女性と

結婚を前提で交際しはじめて

しまったのだ。

泣き暮らす彼女に更なる

不幸が襲った。

小さい頃より誰より面倒を見てくれた

お祖母様の入院である。

会社でのクレームも                            

多くなった。

A子さんの精神的は

とうに限界を

超えていたのである。

 

A子さんは

正直に話した。

 

「破門になるのが怖かったので

話せませんでした。どうにか私を助けて

下さい」

 

この信徒様の事を千宰はとても

可愛がり情をかけておった。

 

だから私は彼女を赦し

納め切りの法を掛ける事にした。

 

もともととても素直で

それが故に千宰が目に掛けた由縁もある

信徒だから

納め切りの技は成功した。

 

私の秘法に

愛染毘奈耶迦明王様がよくお応え下さり。

 

罪を赦すだけでなく。

 

恐らく千宰の祈りも効いたのであろう。

 

うちの聖天様は千宰と万宰の頼み事を

少々無理な事でも聞く。その代わり恨みを抱く者に

天罰を下すところがある。ご縁なのか?

話がそれた。

これは長くなるので戻すが

 

A子さんは

その納め切りの法で

愛染毘奈耶迦明王様の愛の弓を

射るまでの功徳を引き出し

ついに心願の彼と交際までこぎ付け

 

みるみる上昇した愛縁は

一年後見事なる結婚を

果たしてしまったのだ。

 

しかしこの話には落ちがあった。

 

A子さんが他の行者を訪れお約束を破り

恋愛成就の法を依頼した時

実はB子さんも一緒のその行者のもとを

訪れ依頼していたのだ。

 

私どもはA子さんの頼みで

B子さんの事をA子さんがしゃべった事を

内緒にし、

此方からも

敢えて本人には問い詰めなかった。

何故なら、次期自分からきっと

話てくれるだろうと

私達はB子さんを信じていたのだ。

 

しかし

待てど暮らせど

B子さんは私達に本当の事を話すそぶり

さえ無く

A子さんが結婚真近である事を羨み

自分も納め切りを掛けて欲しいという

しかもその理由は

「私は誰よりも信仰しているので

決して間違いは無い。だから納め切りは

必要無いのですが

A子が成就したので掛けて欲しいのです。

お布施は倍額払います」

お布施を倍額払えば正直に話さずとも

罪障は消えると思ったのていたのであろう。

でもそんな気持ちで例え一億お布施しようが

正直の値段に相当するものではない。

 

そういった気持ちである

やれあの供養を

この供養をと

頼んでも

 

遂に愛染毘奈耶迦明王様は

いくら納め切りを掛けても

B子さんを赦す事が無かった。

 

千宰が思い余って

「私から言って破門にしましょうか?」

 

と言った頃

彼女の方から姿を消したのだった。

 

現在、案の定

未だ耐えられない程の不幸に

陥り喘いでいるらしい

B子さんは

再入信を求めているが

 

未だ私は許していない。

 

千宰が許せば考えなくもないが。

 

信徒の皆は

今日私が話した

この二人の信徒の話を良く

胸に刻み

愛染毘奈耶迦明王様と

その法とは

どういったもので

どのような気持ちが

信仰する上で必要なのか

良く勉強し悟って欲しい。

 

ともあれ

今年から

行うに遅すぎる感がある

愛染毘奈耶迦明王供養大祭だが

 

この大祭に私は

大きな光明を見い出している。

 

信徒の皆に於かれては

どうかこの私と一丸となって

愛染毘奈耶迦明王に祈願し

それぞれの罪障を、障害を砕破し

愛の天弓を伴に放とうではありませんか?

 

天弓の射抜く処は

決して愛縁ばかりではありません。

それはどんな

願望をも射抜く力があります。

何故ならこの世の全てが

愛から生まれ出でたものなのですから。

 

まさに愛染毘奈耶迦明王様の放つ天弓とは

大愛の矢に他ならないのです。

 

 

 

聖天教兆象大宰

 

追伸

 

若き時も

やがては過ぎゆく。

 

生ありて死あり。

 

然し魂という存在は永遠である。

 

永遠と云えば

もう一つ存在する。

 

それは人を愛するという

心である。

 

魂とは

即ち

愛であり

 

故に

愛染聖天信仰即ち

永遠なのである。

 

何故なら

その教え大愛こそ

愛そのものなのだから。

 

そして

大愛とは

愛染聖天様の愛である。

 

それは

私達の人を愛する心とともに

私達の魂に永遠に

寄り添い導いてくれる

美しき真理であり

偉大な血脈であり

つまりは

愛染毘奈耶迦明王なのである。

 

まさに愛の化生なるべし。