聖天教教主 兆象大宰


信徒の皆は、春の大祭を前にどうお過ごしであろうか?

お性根の思想の実践はなされておるだろうか?

また、それによる御本尊への信仰の変容を、己がそれぞれの

心にて感じ観察する、心願成就、昇華への切磋琢磨をなされて

いるだろうか?

今のところ千宰からのメールを拝見するにあたり、自分の心願への

心配はして当たり前だがそればかりに固執し、先生の説く思想を

取り入れ、修業し毎日の信仰の糧としようとしている人間は、

とても少なく感じる、

この教えを教授を受け、素直に、また、とても熱心になさっている

方がいる。

さすがである。

私もとても嬉しく、祈祷でもやはりその熱心さに心打たれる事をご本尊様に

申し上げているのだが、御本尊様もきちんと彼を見ておられるのだろう

彼の望みに対し、先日のホワイトででもそうだったが、望むものに

全て大吉がでる。

きっと彼は成就ばかりか、沢山の成功を手にいれる事であろう。

この尊天の可愛がりようは、上記の教えを説けば素直に応じ、

約束事は必ずまもり、その信仰の全てが、熱心、だから

他ならないのだ。

 

私は今、新たな奇跡により成就なされた方の断ち物の、残りを肩代わりしている。

彼女は秘法にも入り、もうすでに一つの願望を成就なさり、心願の相手と

成就なされた。

結婚した方の次なる願いは大体はお子さんが欲しいという願望である。

彼女は、身体的ハンデを背負っておられる。

話は横道にそれるが、我が教会には身体的ハンデを背負っておられる

方が沢山いらっしゃる。

今はなしている方と同じ、皆秘法には入っているもののとても熱心であられ、

そればかりか、この方も含め皆が

なんと成就なされておられる。

その成就も、御一人が一度だけではなく、三度叶った方を先頭に

ほとんどが二度成就なされているのです。

これはなぜだろう、なぜ健常な者より、ハンデある方々が皆成就なさるのだろう。

先ず第一に言えることは

尊天様は、我が御本尊様は本物の愛、御利益を、観音の心をもって遣わす事のできる。よく千宰も驚いて私にいうのだが、

うちのご本尊は他の尊天と全く違う。

仏像だけで生きていない大寺院とかによくあるもう魂の抜けた物体ではないのであり、

まさに、生きている神なのである。

生き神であられるからこそ、本物の情愛を縁を結んだ者に奇跡を下賜なさる。

まさに生神様であられるのである。

次に、これらの方々の熱心さである。

この熱心さには涙がでる。

毎日、その誰彼よりも純真な信仰をもってなされるお勤めに対する、熱心さ

仏像様の飾りはこうすればいいでしょうか?

(こういう方々だからこそ私は求められた仏像や額に魂をいれる際は

他の方は三百の祈祷を凝らしても、この方々には倍の年月を費やして

最高の物を仕上げてあげている)

今日お勤めが出来なかったのですが私の事を御本尊様はどう思っておられるでしょうか?

先生のお体は大丈夫でしょうか?

このような篤信なあまりに、また真剣な信仰をしているからこその、尊天様がまさにほころぶような愛でたい質問を千宰に寄せるのである。

そんな信仰がこの方々にはあるのだ。

私がなぜ今日この話をしたかというと、

我がご尊天様御力を一心に信ずればどんなハンデを持った方々であろうが

素晴らしい功徳、成就を、頂けるのだという事、

お約束を守り、一心に信仰いたせば必ず、必ず成就するという

純真な信仰と、我が尊天だけに成し得る生神の功徳を説きたかったのある。

ハンデある信徒様には、題材にしてしまった事、

心からお赦し下さい。

どうか、あなた方のお話をする事によって沢山の信徒様に、

この有難い信仰に勇気と自信、そして何よりの純真と熱心を教化

し、救わせ下さい。

きっと尊天はあなた方の奉ずるお気持ちを、今より増して愛でて下さる

事必定でございます。

このような有難くもしおらしくもあり、信仰の道には勇ましくもあられる

方がおられるのに、先日からであるが

二、三、のお約束を違えた者がいらっしゃった。

秘法に入りながらである。

悲しいことに加え、皆が、奇しくも電話にて

私本人に

先生、私の望みがあと一歩のところでダメになりそうです。

私は悪い事はしていないのにどうすれがいいです?

 

私に言うのだ。

私は尊天と話ができるし、この方々は秘法に入っておられる。

私の祈祷に信徒の皆もわかるように余り無理という言葉は無い。

自分でいうのもなんだが、奈良の土石流や、原発の爆発寸前の

御祈祷も皆知っているだろう。

皆九割九分が駄目だという状況を、さあ始めるかと祈祷をしてそれを

知らしめておる。

その私である。

おかしいなと思う。

 

今回私は電話の合間に少し待てと、ささっと

尊天様と御籤にてお話をしてみた。

 

なんと尊天様にはまた鳥肌をいただいた。

 

この皆々全員に同じ御籤の

28番をだした。

凶、早く帰れ。。

という御籤である。

 

私は、ははあ、なにかやらかしてるなと

感じ、聞いてみたところ。

やはり占いをしていた。

 

ここでいいたいのが、健常であり、それ以上に優れ全てを

もっているばかりに、

何事においても、全てをすぐ悟り、長じて人ならず、神仏さへも

手の上で転がそうとまでおもってしまわれるのであろう。

しかしながらこの中の一人の方は、本当は熱心な方で、

お友達が勝手に見たと話していたが、そんな口上は尊天様には通じない

が、この方は凄い熱心な方は確かであり。

先生はこの方なら何度でも救ってやりたいと思う心をもっている

それ程、誠意があるのである。

私はきっと彼女が今回の事件を贖罪した後、

成就させようとおもっている。

もう一人は男性であるがこの方も同じである。

落ち込まず。よく正直に話してくれました。新しく生まれ変わった

つもりで頑張って欲しい。

必ず成就させましょう。

そしてこの二人はこれからは誰より信仰を深められ、我が教会の宝になって欲しい。

 

私が言いたいのは、尊天信仰とは、もう駄目だとう願いを叶える御力と

誓いをご自分に課された、

最後の頼みといって過言ではなく、

その御力は、全ての法、全ての神仏を凌ぎ。

天界から地獄までに奇跡自在を唯一持たれた神に対する

渾身の信仰なのであり、

皆が願いに誓いを御建てになられる、要するに、皆が拝んだ瞬間に

助けようという誓いを御建てになる生き神様への信仰なのである。

誓いの信仰なのである。

 

その誓いを、現代の科学一辺倒の脳内よろしく、

有難くも聞いて下さる神の誓いに、人間の私達がはなから守らなくては

神を詐欺するも同じなのである。

 

少し心に自分優先、人間傲慢を堅持する方々はこれくらいの緊張感をもって信仰する事が、上記に書かせて頂いたハンデある方々の

信仰の在り方に追いつく早道と思ってあえて厳しくはあったが

経は教化させていただいた。

もう一度自分を見直し、成就に向かい専念してほしい。

しかしながら我が尊天の凄まじい神通力には舌を巻くばかりである。

 

話をやっと戻そう。

断ち物の肩代わりであった。

その方は先日恐らく22日からだろうか、ご尊天様に

四月四日まで豆乳と飲料水とお菓子少々だけにするので

なんとか不妊である私に子供を下さいと懇願なさったそうだ、

しかしもうすでに、彼女の熱心さである。

断ち物をしなくても彼女のお腹には子宝が授かっておったのである。

二日目で病院で分かった彼女は、ご両親に、もうすでに一人の体では

ないので先生に相談して納切をかけてもらいなさいと云われた

らしいが、それでも彼女は篤信さ故貫徹しようとしたらしい。

しかし、ご自分のお子さんの事である。お子さんの事が気がかり

になったのであろう。

緊急にと千宰に伝えてきた。

私も、篤信な彼女のことだ、二つ返事で請け負ったのは

いいが、尊天様がおっしゃるには、

事は子供の生命にかかる一大事、少しでも断ち物破りの火のかす

がお腹の子供にかかってはいけないという。

では、どうするのですか?

私に肩代わりしろとおっしゃるのだ。

普通の納め切りは、謝って最小限に尊天の御怒りを留めるのだが

今回はもうお腹に願のそのものであるお子さんが

尊天の導きでいらっしゃる。

新しく、まだひ弱い生命に何かあってはいけない。

 

私は皆の教えの主であり、尊天の言葉をこの日本で

唯一、御取次ぎし伝える事のできる、

八海光道変じて兆象大宰である。

 

大祭にも跨ぐが、やることにした。

 

まず断ち物の内容であるが、統一性が無く簡単すぎればお子さんに

おかしな影響をうけてはいけないので、当初より

厳しい内容ではあるが、豆乳をはじめとする飲み物だけで

暮らし通すといことにした。

またそう尊天に云われた。

 

彼女は素人なのでわからなかったのであろう、

皆、荒行だとか、五穀立ちだとか、塩断ちだとか

いばって云っている高僧ぶったもの達がいるが、逃げ道をしっていて

何かしらは喰い、飲み、できるような決まりなっているし、

こんな事を大っぴらにして満願成就した暁にはビールで乾杯し、キャバレ-にいく行者がほとんどなのだ。

 

 

私の断ち物の行は違う。

 

純粋である。嘘、ごまかしが尊天に対し、自分に対し無い。

 

純粋であるだけに、私にだけ尊天が降りてきて下さる。

 

まさに影現してくださるのだ。

 

 

 

話はまたそれたが、飲み物だけを

24日から肩代わりし、四月四日までなので合計12日である。

あと8日である。

普通は飲み物だけしかもほとんど豆乳だけなどという断ち物は

やっても七日位にするものなのだ、

そうしないと、内臓の働きが停滞して、髪の毛が抜けたり

視力が落ちてしまったり、私の経験では歯などがなぜか

虫歯になる。

また睡眠明けがなぜか辛いのだ。

これが私が肩代わりしなかったらまる半月

を妊婦がこなす事になっていたとは恐ろしい。

 

実際もうすでにだいぶ私は痩せこけてしまった。

 

今年は断食大祭になるのでだいぶ成就者がでるかもしれないと

逆によかったような気もする。

 

私は絶対にこのかわいい信徒の為にやり通し、

彼女の子供を救って見せる。

 

だからこの方は自信をもって欲しいし、

皆にも私が頑張れるようお勤めで祈ってほしい。

 

そして、他に断ち物を勝手にしていたりする者、約束を破ってしまった者

は必ず報告して欲しい。

 

でないと叶わない。

 

断ち物は別だが、千宰の指導のようになるべくしてはいけない。

我が御本尊様は生きてらっしゃるから断ち物をしても

答えがある。

しかし、いくら大寺院でも

皆もしっているし、感じているとおもうが

もう神仏のお性根がいらっしゃらなくなっている寺ばかりだ、

そんなお寺で願をかけ、断ち物をしてみなさい。

皆が願をかけた、思い、想念が、その仏像に吹き溜まりになって

それでなくてもおぞましく大変な事になっているのである。

拝めばその煩悩、恨み、想念が、参拝者に滝のように

降りかかり、叶わないばかりか、他の悩みを

悶えるような苦悩を幾たびと貰ってしまうのである。

このような状態であるから、

そういう所には必ず境内に不審な感じの人間のお参りが多かったり、

参拝者の数が昔と全然違う、また、寺事態に実は裏側に問題ばかりを抱えておったりする。

歴史とシステム、整備は霊験そうだが、

ご功徳の霊験が、仇になって帰ってくるのが実態である。

昔から尊天信仰に

 

抜け神の断ち物刀

 

という言葉がある。

格式ばかり偉い行者で霊験も無い者に依頼したり、そればかりか、既にお性根が抜けて霊験のないそんな名前だけの尊天になってしまっている

寺院に対し、願をかけたり、ましてや断ち物をすれば

縁を結ぶはずの願いの結び目を、

断ち物の願い,自分の願いが断ち物刀という刀になって

全ての縁を断ち切ってしまうというのだ。

それは祟りであり、その者のどんな悩みに対する願いをも

付いて回り切りまくるというのだから恐ろしい。

まさに尊天ならでわである。

お性根が抜けたりした後は、悪鬼となり

至らぬ人間の想念と結びつき荒ぶり、祟りまくるのだから。

 

しかし、我が御本尊様は生きていらっしゃる。

自信をもって欲しい。

 

だが断ち物をするときは相談するように。

 

今日はそれを言いたかった。

 

 

最後に皆も、もう気づいておられると思うが

教会の名前と私の名前の一部を改名した。

これは公私ともにお世話になっている、大変な高名な御方で、

教会発足時からお世話になっている御方の

たっての指示というか、肝入りによりそうさせて頂いた。

この改名は占的な要素もあるので

 

私達はお約束を破っていいのではないかと思う者が出てくると案じ

今日は長々とお約束について書いたのである。

 

皆は固く約束を護持しなければいけない。

 

私はあなた方を御籤にて占を下す立場であり、

下される立場ではない。

何より、

改名による

福増大により、教会の繁栄を喜び、

御本尊を奉じ、その弥栄を望み願うのは

教主である私だけではなく、信徒皆の最大の義務であり、

御本尊様への最大の我々の慈愛であると私は思うし

そうでなければいけないのである。

 

であるから、信徒の皆には

これからも違える事のない

我が御本尊との契の戒めをより一層胸に秘め、

成就の道を歩んで欲しいのである。

 

大聖歓喜天使教会 八海光道

 

改め

 

聖天教教主 兆象大宰

 

新しき歩みを皆で祝って欲しい。

 

                         合掌