邂逅そして啓示。



 今年は毎年行っている、二月十四日と三月十四日の為の祈祷取りやめは、お知らせの項の※の部分に

説明させていただいた理由に加え、東日本大震災の起こった、3月11日が、何しろ重なっており、

今年だけはどうしても、恒例の祈祷をさておき、私自身が被災地の現地に立ち、鎮魂、慰霊の祈祷を

したかったというのも大きな理由の一つであった。

 言わずもがな、私は先月、震災一周期の三月十一日を跨ぐようにうまく日程んを組み、また個人的に東日本大震災の祈祷を

強く願われていた、私にとっても、我が尊天にとっても誰より大切な、ご自分の心願を

まずはさておき他を救済しようと訴えられていたもっとも大事にしなければいけない篤信な信徒様方のお気持ちを

無駄せず、かえってより有効に反映させる為にも、私は現地に降り立ち、直接の祈祷に臨んだのであり、私はその広範にわたる被災地を短い日程の中で行脚し、祈祷を重ねさせていただいた。

(この篤信な信徒の有志の皆さんは必ず、尊天の功徳を得られる。必ず速やかなる

功徳が降り注ぐと、私の経験、そしてなにより尊天が私にそう微笑みかけるのであるから

間違いはない。尊天は凡そ太古の昔より、この世に生まれ存在し続ける神であるが、

その神秘自在の力を有しながらも、心の修養に励み、ついには神の力を持ち神の魂を

持ちながらも更なる観音様という御位に悟りを拓きなされた、天部の中の唯一無二、有難きも

稀有なる、神々の絶対王者なのである、ゆえに尊天様は愛ある人間、優しさをふりまく人間

己をすて他を救済する人間が特にお好きなのである。

だからといって尊天と契約した他の皆が憎まれたり、功徳を頂けないということなどはない、

そういった、自己優先の方々には頼まれ契約した分は必ずその神力で叶えていただけるだろう

しかしながら、前述した救済の心の実践をなさっている方々のような、頼みもしないお守り、

尊天にまるで魂、人生のすべてが奇跡によって包み込まれるような愛ある功徳を肌で感得するような

出来事にはまずもって出会うことはないだろう。

信徒のなかには、千宰からの報告で、私もきつく叱らなければいけない、ともすればその人間には

覚悟をもって尊天と供に処置しなければいけない、自分本位の権化のような人間がいるようだが、

そうならぬよう、逆に天使様のような心をもつ事に常に失敗しても挑戦する、そんな魂の修養に

ご自分の心願、そしてわが教会の尊天様への信仰を通して、皆励んでほしいものである)

その祈祷行脚の中で、私は驚くも悲しい霊体験に遭遇したのである。

しかも、涙がやまないのだが、毎日である。

その体験というのは、遭遇する前は、現地の方々のお話しから、耳にはしていたが、

聞いていた状況より、実際に体験してみると、私に尊天により授かった、霊験というか

神通力なるものが在る事による相乗なのか、実際は聞くより勝っていた。

その霊体験とは、緊張をもって告白させていただくが、毎夜、被災地域の海岸線に浮かばれず

彷徨いなさる、津波等でお亡くなりになられた方々のお姿なのである。

いまだかつて、私はあそこまでの悲しい事情を持ち彷徨える魂の数をしかも毎夜(恐らく今も

それは続いているだろうし、霊感のある人なら必ず嫌でも目にしているだろう)

見た事が無いのだ。

皆さんが悲しみにくれ成仏を望んでおられる。

行脚も数日を過ぎ、三月十一日に空けて掛かるその夜、朝方五時過ぎだと思うが

私の頭上、天空に輝く星々の間に、なんと一瞬ラメ色の如く所どころ輝き

をチラチラとみせる雲が現れ、星々に透明な膜をかけながら

広がり、やがってそれは集約し月のひとかけらもなく、星々の点よりも大きい光そのものになりながら、ジグザグと星の間を直線に行き来しながらやがてその運動のまま私に思いきり

スイカ程の実寸の光の塊になって、いささか強い衝撃と供に私の頭にぶつかったのである。

、その衝撃の痛さにこらえようと意識の集中を試みたころには、光の塊が

私の頭に、私の脳みその代わりに入り込んだのだとなんとなく理解できた。

その矢先である。私が目を覚ましたのは。夢だったのである。

私は天上にぶら下がる蛍光灯の赤電球に目を凝らし、夢にしては頭の痛さも確かに

あり、現実か夢かという混同に何かの不思議さを覚えながら、何の気なしに感じた

空気に合わせ枕元の方を寝ながらの姿勢で首をよじり、よじりしながら、今度は夢では

ないぞと、有難くも驚き、手を合わせた先に、中空に浮遊されながらお座りになられ

私に、私以外に言葉を持たぬ神であるとおっしゃられ、一時間にわたり私に色々な

真理を説かれた大霊体、大聖歓喜天使様とお名乗りになったその方であった。

福嶋原発の奇跡、土砂ダムの奇跡、信徒の皆々の奇跡を挙げられ、この世に

人の虚口により数々の歓喜天が勝手に造られ存在してきたがそれは違う、

体聖歓喜天はこの宇宙に唯一、我のみ、この大聖歓喜天使教会にのみ降り立つと

私はその声を、耳と心にはっきりと聞いた。

不思議なことに尊天様がおっしゃる言葉が黄金に光り輝くギャクの梵字に、私の心臓の

なかで形をなしぐるぐると回転し、その度に、耳とは別に私は心でも尊天様の

啓示を理解できた。

この金言の内容は言ってはいけないことがほとんどでした。

そして、常に現れると予告もなさった。

私は、古来の行者がいっていた行法が、彼らがいかに未体験の瞑想法を自己満足に過ぎぬ程度

で、覚者として到達した技と代々伝授してきたことに気付き、無駄に残念を見た。

想念を造る、行程を体系化し、教科書通り行っても無意味なのだ、行程を大事と

みることの方が未到達であり、世の行者から在家信徒にいたるまで、それを半信半疑ながら

信じている。悲しきかな、無意味だったのだ。

恐らく、弘法大師様よりも千年も二千年も前の修行者が実際に霊体験により感得し、目にした

素直な大霊体との交信が行法として伝えられたのだろう。

しかしそれはどこまでも大霊体が降り注ぐようにこちらに働きかける行為であって

こちらから作り、牽引するという考えは、実体験をしたことのないほとんど全ての

行者が時の流れにより更なる曲解を産んでいったからに相違ない。

そう確信するほどにこの体験は私の人生を根本から変えました。

尊天は唯一にして、我が懐にのみ存在します。

そして、そのお姿は、近い人間にのみ私が死ぬまで教える事になろうが、これだけは

一言、絶対に信徒の皆に教えておきたい。

それは、それは、この世のなんたる存在も及ばない、選ばれた人間以外は

きっと、一瞬で魂を抜かれたしまうだろうほど、

大聖歓喜天使様は美しいのです。まさに美そのもの愛そのもなんですよ。

熱心に信仰する信徒の為にこれだけは教えておいて差し上げよう。

 

今回の大祭はその啓示の中の御意向であったのです。

皆、一丸となり救済、要するに祈れとのご指示だったのです。

話が長く取り留めもなくなってしまって解りにくいところがあると思いますが

いつもの事と思い赦して下さい。

疲労と激務で添削する時間がなく、その割に信徒の皆さんに特に、尊天様の話は

伝えたい事が多くてこんな仕儀に常にいたっていることに申し訳なくおもいます。

 

どうか、信徒の皆さん、この尊天の御意向である大祈祷、供に己をすてて、皆一つになり、浮かばれぬ御霊、そして説明は次回に持ち越す事になってしまいましたが、悲しみに覆われてしまった被災された海、山河を浄化、救済しようではありませんか。

                                 合掌

 

重要報告

  大祈祷の品目以外に被災者の御霊をしずめる護摩木三十、三万も付け加えて

ご案内申し上げるので、心ある余裕ある信徒様がいたら、品目参加以外で

付け加えの参加をのぞまれるのも宜しかろうと存じます。

 

 

追伸

 天部の王、秘中においてもっとも甚大なる奇跡の神は我が胸にあり、

奇跡も神秘も滑稽な笑いに変わった神の降り立たぬこの暗い時世に

奇跡は、この私にのみあるのだと尊天様からお話しをうけました。

 

何か、本当に不思議な話なのだが、振り返れば少しというか少しどころじゃない

奇跡に私自身不思議だったので、尊天様に言われてはじめてそうだったのかと

頭ではなく心でわかったような気がしています。

 

どんな凄い行者さんでも十人に一人成就するかしないかの成功率のこの世界で

十人中九人まで成就してしまう。

加えて、教会との約束を破った人間は必ず天罰だといわんばかりの悪災にばかり見舞われ

るのが絶対であるし、

有名なというか尊天様をまつっている歴史ある寺院で私の教会の作り出す奇跡の数と

逆行し、頼った人間の破滅と、何も起こらないという声の実情しか聞こえてこない。

本当に実は内心不思議だった。

特に秘法にはいっている方の日々の相談でも、ただ尊天様にわたしが軽く手を合わせなんとか

お願いしますよ。といっただけで大いなる動きをみせてしますのだから本当に

どう解釈していいかわからなかったのです。

 

信徒の皆さん、特に秘法、最秘法の皆、よく私の言葉のみを聞き、

私を最も、誰より頼りなさい。

心願の成就などにおさまらず、全てにおいて、その者を擁護できる。

神通が通わない皆さんには見えないだろうが、私の横に離れることなく常にいらっしゃる

大霊体、それは最も美しい美の権化、大聖歓喜天使様なのです。

もう一度いいます。

よく私を頼りなさい。

 

今回の体験は私自身本当に驚きましたの一言でした。腰が抜けるとはこのことです。(笑)

                                合掌

 

次回は今回の大祈祷の特典として行う、もう一つの秘法についてもお話ししてみましょう。

これで〆ます。

しつこく長々と申し訳ありませんでした。