2010苦行


ついに三日間の行法を達成することができた。                
前にも書いたと思うが 昨今の教えとして特に苦行はいらないと伝えるのが普通である、  
これは教える立場の人間が現代風に蝕まれてしまって頭から行法は形だけで      
それよりも大切なものがあるのだからと学問的に理解してしまって悟り、        
完成の早道をしてしまう者がほとんどになってしまっているからであり、        
私自身も信徒様にはほとんどが現代風の中でお育ちの方々なのだからと      
上とは別に自分が苦行をし守り、導くという意思をもって必要はない、任せておきなさいと  
言っているがだは行者には必要かどうかと聞かれたら              
 即座に必要であると答える。                    
 尊天様は断ち物からわかるように契約を大切にする方であり、その契約は      
たとえ悪人でさえも導いて下さる稀有な神仏であらせられる。          
それだけに私は苦行とは尊天様への一つの契約だと考えているのである。      
 以前の信徒の皆様はそれは熱心な方がいらっしゃった。例えば断ち物まではいかないが  
御縁日の日だけは四足五辛をおこなっていたような感がある。          
三日間、終えてみるとなんのものではなかった。ただ真言に秘められた大いなる意味と  
尊天の触れれば溶かされてしまうような眩い光、心に吸い込まれていたのだと感じた、  
他言は禁じれられたがまさに私は、そのお言葉、お導きを、聞き、授かり、多事を知り、  
力をいただきました。                        
この力を信徒の皆様に分け与えたいと非常に今も眠いのだがそればかり今は考えている。
信徒の皆様、愛染聖天は仏像だけではなく本当にこの世に存在なさっております。    
                               
_              合掌